林晶彦さんのコンサート..☆

古川貴子のブログ、ヒプノセラピー/カウンセリング

お友だちの歌姫さん 吉原圭子ちゃんご出演のコンサートにお出かけしてきました。@東京オペラシティ

今回は、作曲家 林晶彦さんのデビュー30周年記念コンサートでソプラノとして4曲歌われたのです。

コンサートのタイトルは「永遠への飛翔」。

タイトルのとおりに、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ソプラノなどの演奏が、さまざまなパーカッションの響きとともに天空の広がり、煌めきを伝えます。

作曲家さんの無限なるものへの憧憬が、ときには深い祈りのように、ときには魂からの叫びのように感じれました。

吉原圭子ちゃんの演奏は、今年はもうオペラに三回もお招きいただいているのですが、現代音楽を聴かせていただくのははじめてで新鮮でした。

作曲家さんのこころを理解し表現することは、古典でも現代音楽でも難しさは同じだと思いますが、やはりご本人をかたわらに(ピアノ演奏)、その世界観を表現するのはたいへんなことなのでしょうね。

こんなの聴いたことがない!という、力強さと清澄さ満ちたハレルヤ。新たな魅力を味わわせていただきました。

吉原圭子ちゃんのおかげで、東京オペラシティもすっかりおなじみになりました。ふつうだったらなかなか耳にすることがない美しい調べやまったく知らなかった音の世界を、毎回楽しませていただいています。ほんとうに感謝です♡

今回も、もうひとりの歌姫 瀬尾美智子ちゃんとご一緒したので、またまたプロの声楽家さんの目線などを聴かせていただきながらの贅沢な鑑賞。「なるほど〜!実際歌われる方からはこんなふうに感じられるのか〜」と、とても興味深いものでした。

演奏会のあとは、余韻を楽しみながらしばしおしゃべりとおいしいコーヒーを楽しみました♪ ありがとうございました♡

 

 

たくまし系 ハイティー♡

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お友だちがハイティーの予約をとってくれました。カメリアの丘こと@椿山荘。

アフタヌーンティーは今ではおなじみですが、ハイティーとはなんぞや??

ハイティーは、お茶の時間よりも遅いお食事系のお茶。なにが「ハイ」なのかというと、ティーテーブルよりもうちょっと高さのあるディナーテーブルで出されるからだそうです。メニューもお魚とかお肉がついて、まさにお夕食なのですが、やっぱり英国人にとっては「ティー」なのですね。

まずはシャンパンとともにティースタンドいっぱいのセイボリーが出てきました。どれも季節の素材が使われていて、手がこんだおいしさです。

でも・・・夕ごはんがわりには少ないな〜と思っていたら、きましたよ! ローストビーフ☆

薄切りが2~3枚、へろりんと出てくるのかと思っていたら、

一瞬、どこに来たんだっけ? お肉のお店?!と思うほど、体育会系男子もまっさおな分厚いワラジ大のにくにくしいローストビーフが登場!(ふたりで「凄っっ!!☆」と声を上げてしまいましたよ・笑)

でもこのお肉がね、とても柔らかくてさっぱりしていて、お塩と生わさびでいただくととまらないのです。英国マダムはどこへやら ・・・ いつのまにか部活後の男子運動部員の様相(笑)。ふたりともすごい勢いで完食いたしました(楽勝!)。

最後は正気をとり戻し、可愛くスウィーツとティーでふたたびマダム気分に(男子のまま帰れませぬ・笑)。紫イモとイチジクのタルトでした。

お肉が予想外においしかったので、がっつりお肉がいただきたくなったらリピしたいです(笑)。

 

 

19-11-08 羊と鋼の森

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豊かな森と山に囲まれて育った少年は、ひとつの出会いによって心をうばわれ、羊と鋼という森に迷いこんでゆきます。そこは、こころをとりこにする場所でありながらも思いのほか深い森で、何度も自分を見失いそうになるのです。

これは、ある高校の男子学生が学校にやってきたピアノの調律師との出会いをとおして、空虚だった日々に光を見出してゆくお話。

彼はその調律師のピアノの音に、森の木々の光景、ゆれる音、わきたつ匂いを感じたのです。そして、ピアノ調律師という未知の世界に足をふみいれる決意をします。それは88もの鍵盤のうしろに広がる、フェルトに包まれたハンマーと鋼で作られたピアノ線という森に向きあう日々。

どのような音がよい音なのか、正解の音なのか、向きあえば向きあうほどわからなくなります。

彼の憧れの調律師は、自分がいつもこころに抱いている原民喜という詩人のことばを彼に伝えます。

「明るく静かに澄んで懐しい文体、
少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを湛へてゐる文体、
夢のやうに美しいが現実のやうにたしかな文体……私はこんな文体に憧れてゐる。
だが結局、文体はそれをつくりだす心の反映でしかないのだらう。」

自分に才能があったなら ・・・、自分に奇跡の指と耳があったなら・・・
そう悩む彼に、先輩は「才能とはそういうものじゃない。それは、ものすごく好きだという気持ち、あきらめない執念なんだ」と。

ある日、彼の実家のおばあちゃんが亡くなったとき、彼はずっと自分のことを信じていてくれた人がいたことをはじめて知ります。「あの子は、森で迷ってもきっと大丈夫! ・・・ いつも戻って来るから」とおばあちゃんはいつも言っていたと。

ピアノの音ひとつひとつがこんなに深くて美しかったのだ、ということにあらためて気づかせてくれた美しい作品でした。

誰もが人生のなかで感じる、自信のなさ、これでよかったのかという不安、自問自答 ・・・ そんな気持ちをやさしく励ましてくれるようでもありました。

涙壷度: ★★★★☆
(掃除ができないから調律をキャンセルしてしまうお客さんがいて ・・・ ピアノがある場所は、ある意味その人にとっての聖域でもあるのだなあと感じます。そして、そこはたった一人で、いろいろな思いをかかえながら音を紡ぐ場所です。ピアノと向かいあう、さまざまなドラマに涙しました。)

私もこどもの頃は毎日、ピアノと向き合う日々でした。なので、うちにも定期的に調律師さんが来ていたのですが、

植木屋さんとか左官屋さんがくると、母はおやつに日本茶と大福などをお出ししていたのですが、ピアノの調律師さんのときにかぎっては、なぜかココア☆ それも、インスタントのココアではなく、ちゃんと煮て作るココア(インスタントがなかったので!)。

調律師さんの不思議なお仕事を、遠まきに(こころはかぶりつきで)じっと眺めているのが好きでした。その光景には必ずココアが浮かんできます(ああ、ココアが飲みたい!笑)。

 

 

お茶の間シネマトーク「羊と鋼の森」

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豊かな森と山に囲まれて育った少年は、ひとつの出会いによって心をうばわれ、羊と鋼という森に迷いこんでゆきます。そこは、こころをとりこにする場所でありながらも思いのほか深い森で、何度も自分を見失いそうになるのです。

これは、ある高校の男子学生が学校にやってきたピアノの調律師との出会いをとおして、空虚だった日々に光を見出してゆくお話。

彼はその調律師のピアノの音に、森の木々の光景、ゆれる音、わきたつ匂いを感じたのです。そして、ピアノ調律師という未知の世界に足をふみいれる決意をします。それは88もの鍵盤のうしろに広がる、フェルトに包まれたハンマーと鋼で作られたピアノ線という森に向きあう日々。

どのような音がよい音なのか、正解の音なのか、向きあえば向きあうほどわからなくなります。

彼の憧れの調律師は、自分がいつもこころに抱いている原民喜という詩人のことばを彼に伝えます。

「明るく静かに澄んで懐しい文体、
少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを湛へてゐる文体、
夢のやうに美しいが現実のやうにたしかな文体……私はこんな文体に憧れてゐる。
だが結局、文体はそれをつくりだす心の反映でしかないのだらう。」

自分に才能があったなら ・・・、自分に奇跡の指と耳があったなら・・・
そう悩む彼に、先輩は「才能とはそういうものじゃない。それは、ものすごく好きだという気持ち、あきらめない執念なんだ」と。

ある日、彼の実家のおばあちゃんが亡くなったとき、彼はずっと自分のことを信じていてくれた人がいたことをはじめて知ります。「あの子は、森で迷ってもきっと大丈夫! ・・・ いつも戻って来るから」とおばあちゃんはいつも言っていたと。

ピアノの音ひとつひとつがこんなに深くて美しかったのだ、ということにあらためて気づかせてくれた美しい作品でした。

誰もが人生のなかで感じる、自信のなさ、これでよかったのかという不安、自問自答 ・・・ そんな気持ちをやさしく励ましてくれるようでもありました。

涙壷度: ★★★★☆
(掃除ができないから調律をキャンセルしてしまうお客さんがいて ・・・ ピアノがある場所は、ある意味その人にとっての聖域でもあるのだなあと感じます。そして、そこはたった一人で、いろいろな思いをかかえながら音を紡ぐ場所です。ピアノと向かいあう、さまざまなドラマに涙しました。)

私もこどもの頃は毎日、ピアノと向き合う日々でした。なので、うちにも定期的に調律師さんが来ていたのですが、

植木屋さんとか左官屋さんがくると、母はおやつに日本茶と大福などをお出ししていたのですが、ピアノの調律師さんのときにかぎっては、なぜかココア☆ それも、インスタントのココアではなく、ちゃんと煮て作るココア(インスタントがなかったので!)。

調律師さんの不思議なお仕事を、遠まきに(こころはかぶりつきで)じっと眺めているのが好きでした。その光景には必ずココアが浮かんできます(ああ、ココアが飲みたい!笑)。

 

 

リンゴ味?!

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お友だちからのハロウィンのお菓子です♪(イタズラしないように!? 笑)

「リンゴ味」なんて珍しいからと、わざわざおすそわけで送ってくださいました♪

おお!リンゴ味のばかうけ? ・・・ いったいどんなでしょ?

さっそくいただいてみました。

あ、たしかにリンゴです! ほのかに酸味と甘味があって、でもちゃんとばかうけ風味。

ハロウィンなのに、カボチャじゃなくってリンゴなの?と思っていたら ・・・ 「魔女のいたずら リンゴ味」と書いてあります ・・・ ってことは、魔女さん、まさかの毒リンゴですか!?笑笑

 

*  *  *  *  * 


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*受講コース相談カウンセリング ・・・    ¥5,000 → ¥3,000

*ヒプノセラピー1クール ・・・      ¥74,000 → ¥70,000
*ヒプノセラピー1セッション ・・・    ¥30,000 → ¥25,000
*ヒプノ リピーターセッション ・・・    ¥20,000 → ¥16,000

*セラピューティックカウンセリング ・・・ ¥18,000 → ¥15,000

*リコネクティブ ヒーリング
(3回) ・・・ ¥46,000 → ¥43,000
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11月2日(土)〜11月10日(日)

*割引は、上記の期間内にセッションをお受けになる方に適応されます。
(複数回のセッションにつきましては、期間中にすべてをお受けになる必要はありません。)
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【お申し込み方法】

それぞれのセラピーページのお申し込みフォームからお申し込みください。
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19-10-31 ファースト・マン

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アポロ11号の月面着陸といえば・・・ 世界中で5億人もの人たちが固唾を飲んで見守った一大イベント。

着陸成功という場面だけにスポットライトをあてれば華やかな偉業ですが、そこに至るまでのプロセスというものがあります。

ライト兄弟がたった37mの有人動力飛行に成功したのが、その60余年まえのこと。あっというまに空を突き抜け、地球を横目に、月に降り立つ、というスゴ技を誰が想像できたことでしょう? NASAはだ捕した宇宙人から、なにか秘密を聞きだしたのでしょうか?(笑)

この「ファースト・マン」は、アポロ11号の船長 ニール・アームストロングがプロジェクトに志願して、ミッションを遂行するまでの苦難の数年間を描いたもの。

半世紀まえといえば、まだコンピューターも今ほど計算能力もキャパも速さもない時代。不測の事態が起これば、カリカリと必死に手で計算するしまつ。すてべが未知で手探りで命がけです。

そして、想定されるありとあらゆることに対する過酷な訓練(これは見ているだけで具合が悪くなりそう・・・汗)。訓練飛行やテストのたびに、仲間が命をおとしてゆく日々・・・。

プロジェクトに携わるニールのみならず、家族も混乱状態。「彼と結婚したとき、こんな生活など想像していなかった・・・」と奥さんのジャネット。

着用するだけで息苦しい宇宙服を身につけて、人がようやく納まる小さなコックピットに押しこまれ、まるで囚われたように外からガシャンとロックされ(これだけでも誰もがパニック発作を起こしそうです)、やがておそろしい爆音と震動とともに未知なる暗闇へと投げ出されてゆきます(およそ人間が体験する行為ではありませぬ!汗)。

映し出されるのは、ヘルメットのなかのニールの目の表情とコックピットの小さな窓にうつる空と宇宙、そしてヘルメットの中の呼吸の音、ロケットエンジンの轟音やら振動音 ・・・ 是非、ニールとともに宇宙飛行士になっちゃってください。

アポロ11号が無事に帰還し、世界中がわくなか、ニールとジャネットの再会は ・・・ 「おめでとう!」でもなければ、「やったね!」でもないのでした。

また違った目線で、この月面着陸という大イベントを感じることができる作品です。

PS ロケットが大気圏に突入して、まるで爆発しそうな火の玉のようになって疾走し、ようやく静けさに達する様子って ・・・

私たちがエゴという制限を越えて、真の自分を目指すときに体験することとよく似ています。エゴが武装するためにかき集めたあれこれが焼き尽くされるような激しさ(ほんとうは握りしめているから激しく感じるのでしょうけれど・・・)、それはまさに大気圏突入状態。

自分だと信じていたものから自由になろうとするときに感じる怖れも、アポロの大気圏突入のようにただ正面から突き進むことで、そこを尽きぬけ、静寂に達することができるのでしょうね。

 

お茶の間シネマトーク「ファースト・マン」

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アポロ11号の月面着陸といえば・・・ 世界中で5億人もの人たちが固唾を飲んで見守った一大イベント。

着陸成功という場面だけにスポットライトをあてれば華やかな偉業ですが、そこに至るまでのプロセスというものがあります。

ライト兄弟がたった37mの有人動力飛行に成功したのが、その60余年まえのこと。あっというまに空を突き抜け、地球を横目に、月に降り立つ、というスゴ技を誰が想像できたことでしょう? NASAはだ捕した宇宙人から、なにか秘密を聞きだしたのでしょうか?(笑)

この「ファースト・マン」は、アポロ11号の船長 ニール・アームストロングがプロジェクトに志願して、ミッションを遂行するまでの苦難の数年間を描いたもの。

半世紀まえといえば、まだコンピューターも今ほど計算能力もキャパも速さもない時代。不測の事態が起これば、カリカリと必死に手で計算するしまつ。すてべが未知で手探りで命がけです。

そして、想定されるありとあらゆることに対する過酷な訓練(これは見ているだけで具合が悪くなりそう・・・汗)。訓練飛行やテストのたびに、仲間が命をおとしてゆく日々・・・。

プロジェクトに携わるニールのみならず、家族も混乱状態。「彼と結婚したとき、こんな生活など想像していなかった・・・」と奥さんのジャネット。

着用するだけで息苦しい宇宙服を身につけて、人がようやく納まる小さなコックピットに押しこまれ、まるで囚われたように外からガシャンとロックされ(これだけでも誰もがパニック発作を起こしそうです)、やがておそろしい爆音と震動とともに未知なる暗闇へと投げ出されてゆきます(およそ人間が体験する行為ではありませぬ!汗)。

映し出されるのは、ヘルメットのなかのニールの目の表情とコックピットの小さな窓にうつる空と宇宙、そしてヘルメットの中の呼吸の音、ロケットエンジンの轟音やら振動音 ・・・ 是非、ニールとともに宇宙飛行士になっちゃってください。

アポロ11号が無事に帰還し、世界中がわくなか、ニールとジャネットの再会は  ・・・ 「おめでとう!」でもなければ、「やったね!」でもないのでした。

また違った目線で、この月面着陸という大イベントを感じることができる作品です。

PS ロケットが大気圏に突入して、まるで爆発しそうな火の玉のようになって疾走し、ようやく静けさに達する様子って ・・・

私たちがエゴという制限を越えて、真の自分を目指すときに体験することとよく似ています。エゴが武装するためにかき集めたあれこれが焼き尽くされるような激しさ(ほんとうは握りしめているから激しく感じるのでしょうけれど・・・)、それはまさに大気圏突入状態。

自分だと信じていたものから自由になろうとするときに感じる怖れも、アポロの大気圏突入のようにただ正面から突き進むことで、そこを尽きぬけ、静寂に達することができるのでしょうね。

 

ピンク缶とチューブ

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お友だちに可愛いピンクの缶をいただきました。

キャンディかしらん?? と思って開けてみると・・・

チューブがずらり。ハンドクリームでした〜。

これからの季節、気温とともに湿度も急降下。これ、たいせつ、たいせつ!

いつも手元においておけるミニサイズがよいですよね。

ソープの香りにローズに・・・。書きものしているときに、いい香りがすると癒されます。ありがとうございます♡

 

19-10-25 あるがまま、ってどういうこと?

Q: よく、「あるがまま」にものごとを見る、という言葉を耳にしますが、いまひとつピンときません。なにが「あるがまま」なのでしょうか?

A: 「あるがまま」に見ましょう!と言うとき、私たちはそれがまったくできていませんよ〜、という意味でもあります。

じゃあ、「あるがままに見ていない」私たちの日常の目線とはどのようなものなのでしょうか?

たとえば、テーブルのうえのカップ。それは、ただのそれ、「あるがまま」なのですが、

「あるがまま」がカップというものになるのは、過去に学んだたくさんの情報によります。

お母さんがそれにミルクを入れて「きょうから哺乳瓶でなくてカップにしましょうね」と言ったとか、絵本のなかにそれが描かれていて「カップ」と横に書いてあり、それでなにかを飲んでいる絵があったかもしれません。

すると、カップって液体を入れるんだ、端にくちをつけて飲むんだ、こうやって使うんだ ・・・ とさまざまことを学んでそれを理解したと感じます。


でも、それの正体は、ただそれです。まっさらなそれ、です。カップはあとからつけられたものです。そして、カップ自身はカップとしての運命からのがれられなくなってしまいました。

そんなふうに、すべての解釈は学ばれたものです。それはモノだけでなく、人に対する接し方やら、目に見えない相手のこころを推察することまで含めて・・・。

でも、この過去に学ばれた情報を毎度々々あてはめることで、じつはまったく同じパターンから出られなくなっているのです(カップの運命と同じです)。自分の知っている狭い世界にしか住めなくなってしまいます。ぜんぶ自分の限られた解釈によって、それらを制限してしまったからです。

過去に学んだことをあてはめつづけるということは、たった今起きているまったく新しいはじめての出来事も、ぜんぶ過去の色合いにそめあげて、まったく同じ出来事だときめて、決着をつける、安心するということです。

過去に自分がいたずらをしたり、なにかうまくできないときに、母が口をきいてくれなくなったとします。そうすると、大人になって「人が自分に口をきいてくれない」のを目にすると、私がなにかいけないことをした、私が間違っていたに違いない、と同じ思考を使って、同じ反応をしてしまうことになります。

でも実際は、お母さんにしろ、その人にしろ、口をきかないのは、いやなことがあったのかもしれないし、体調が悪かったのかもしれないし、何か思い悩んでいたのかもしれません。

過去のパターンを使わなければ、「どうしたの?大丈夫?」と思いやりの声をかけることができたかもしれません。過去のパターンを使ってしまえば、責められていると感じて、その人を恐れることになるかもしれません。

そうすると、自分と相手という二人の問題のある人を作ってしまいます。過去のパターンを使わなければ、二人のハッピーな人がそこにいるかもしれません。

結局、自分を怖がらせるのも、イヤな気持ちにさせるのも、不安にさせるのも、ぜんぶ自分のものごとに対する「解釈」なのです。それは、過去に学んだ意味です。

自分の「解釈」=「想い」が自分自身に災いしているのであれば、自分の考えに慎重になる必要があります。

自分がざわざわする、イライラする、穏やかでないときには、その直前にものごとを間違って解釈して、それを「あるがまま」に見ることができなかった、ということです。

だから、「あるがままに見る」というのは、自分の解釈をいっさい加えずに見る、ものごとに対して判断しない、言葉を一切発しない、あれこれ加えずに見る、ということなのです。

「え? そうなると、それに対してどうしたらいいのかわからなくなりますよね?」

はい、それを教えてくれるのは自分ではなくって、ハイヤーセルフのお仕事です。

自分で意味をつけようとせず、「ハイヤーセルフ、これはなんでしょうか?」と尋ねると、正しい解釈がこころにポトンと落ちてきます。それは、おそらく今までのパターンを破る解釈です。

私たちは「ものごとに対して何も解釈できない人は、おバカだ」と信じているところがあって、せっせとジャッジすることをやりつづけます。それこそが賢いと信じています。

なぜなら、学校でいつも意見や感想を求められて、答えられないと恥ずかしい思いをしてきたからです。意見もなく、解釈ができないなんて、おバカだわ!と。

でも、今、自分のうまくいっていないパターンから脱するためには、なにごとに対しても「これが何なのかわからな〜い!」というおバカさんちっくになってみることが大切なのです。

そうすると、そのあいたスペースに叡智がこたえを与えてくれます。

そして自分の絶えまない解釈がなくなると、「あ〜〜、なんて穏やかなんだろう」という安らぎを感じることができます。

なにも特別なことをしなくっても、すぐに幸せな気分になることができます。そして、消費電力を決定的に減らすことができるので、エネルギーを解釈すること以外に使うことができます(わたしたちはショートしっぱなしだったのですね☆)。

なので、自分を幸せにしてくれない絶えまない「ものごとへの解釈」を手放して、新しい考えが入ってこられるようにすべてを「あるがまま」にいたしましょう。

そこにやってくる新たなる考えは、まったく今までとは違った人生のパターンへと招いていってくれます。え〜〜☆ これって、こういう意味だったの? とびっくりすることもあるかもしれません。

そしてきっと、「恐れるものは何もないのですよ」と教えられ、「あなたは守られているから、さあ胸をはって安心して行きましょう!」という、安らかな励ましにいつも支えられているのを感じられるようになることでしょう♡

 

 

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